川上未映子氏の「小説を読むこと、書くこと」〜第5回林芙美子文学賞授賞式と記念講演〜

人気実力を兼ね備えた女流作家3人の話が地元で聞けるとなると一生に一度かもしれない。と思うと、予定をこじ開けてでも行かねばなるまいと思いました。

 

その気持ちを想像以上に楽しませてくれたのは、第5回林芙美子文学賞表彰式と記念講演。

 

林芙美子文学賞は、北九州ゆかりの作家・林芙美子にちなみ、北九州市が中・短編作品を対象として2014年創設しました。

第5回の今年は、応募総数392篇の中から阿部あみさんの「裏庭」が佳作に選ばれ、写真のような小冊子に掲載されていました。

最終選考は、表彰式に登壇された三氏によって行われたとのこと。 

 

同文学賞の選考委員である井上荒野氏、角田光代氏、川上未映子氏のお三方が北九州市立文学館館長の今川英子氏によるナビゲーションで講評した後、川上氏が記念講演に登壇しました。

 

そりゃぁ賑やかな表彰式でした。

第5回で初めて同文学賞の重みを知ったのですが、今回佳作を受賞した阿部あみさんも女性でした。

ひとまず井上、角田、川上の3氏が和やかに講評すると、なんとなく3氏の嗜好が作品と同じようにわかる気がしました。

 

三者三様とはこのこと。

小説家としての修行時代について語り始めると、まるで女子会のような座談会となりました。

 

井上光晴氏の娘でもあり知的常識人にも見える井上氏は一時期鬱になったと告白。

ふんわりした自然派の佇まいながらドキッとする固有名詞が飛び出す辛口な角田氏。

自由奔放な物言いで修行時代はなかったらしい川上氏。

 

それぞれが疑問に思ったことに対して都度都度口を挟むので、ナビ役の今川氏は時間さえ気にすればいい感じに。

会場もどんどん笑いに包まれ、まるで自宅の居間で世間話を聞いているようになり、もっと話を聞かせてよと思う人が多かったのではないでしょうか。

 

特に、小説などの文学を創作する意義や定義について語れば語るほど、ふだん(一般人が)表現しづらいことを言葉にしてコトを語る、その面白さや難しさを今回の講評に結びつけて、安易な言葉やプロットの選択へと流れないよう注文をつけていたようです。

 

読書についての考え方や接し方も個性が溢れていました。

「作家である父が書きなぐった原稿を清書することがお小遣い稼ぎでもあり修行時代だったかもしれない」と井上氏が静かに語れば、角田氏は「若い頃は大した読書をしてなくて、年上の名物編集者から本を読めといわれてもイジワルだと思ってたけど、やっぱり読書はたくさんした方がいいことが歳をとってわかった」と可愛く応じ、自由人らしき川上氏は「幼い頃から哲学書が好きで詩集の方に先に心が傾いたんだけど、変な子でしょ?」と会場の笑いを誘っていました。

 

記念講演を行った川上氏は、音楽家から詩人・小説家へと表現の場を広げた才気走った人ですが、快活でユニークな表現は何が源なのだろうと、もっと話を聞きたくなりました。

 

村上春樹氏が語る女性論について、桐野夏生氏と誌上で対談したことがある川上氏がひとくさり語るあたりも、文学好きではなくてももっと聞きたいと思ったに違いありません。

 

特に、世の中に数多ある著作物のうち、一つくらい女性だらけのものがあってもいいだろうと、川上氏が発案した2017年9月発行の「早稲田文学 女性号」巻頭言には、当の川上氏が登場しており、その文学論を絶賛した今川氏が一節を読み上げました。

こちらにも引用します。

 

いつもあまりに多くのことを見過ごして、そしてまちがってしまうわたしたちは、まだ何にも知らない。わたしたちは知りたい。わたしたちは書きたい。わたしたちは読みたい、目のまえにひろがっ ているこれらのすべてがいったいなんであるのかを、胸にこみあげてくるこれがなんであるのかを、 そしてそれらを書いたり読んだりするこれらが、いったいなんであるのかを、知りたい─ その欲望 と努力の別名が、文学だと思うのです。

「早稲田文学 女性号」2017年9月発行 巻頭言)

 

増刷されることは稀な文学誌で、この号は早々と増刷され、内外の評価も高いとのこと。

ざっと目次を見るだけでも、すごい顔ぶれです。

 

大のつく村上春樹ファンと公言する彼女の生活ぶりも面白く、きっと良き母なのだろうと想像しました。ご自分の出産体験を語った際、「いまだにクイックルワイパーを見るとイラッとするっ」と言い放ったときには会場中が吹き出したほど。

あけすけな表現のようでいながら下衆に陥らないセンスは天性なのでしょうか。

これからも、きっとバイタリティ溢れる言の葉をつむぎ続けるのでしょうね。あらゆることに目を凝らし心を澄ませて。

ただ、私は不勉強で川上氏の著作はまだ読んだことがありません。 

最近、娯楽として小説をあまり読んでないので、早く入手したいと思いました。

 

それにしても。人前で話すにあたり、盃を片手に話しているのかと思ったほどリラックスできるって羨ましい。脱線していく川上氏を軌道修正しようと困っていた今川館長もとてもチャーミングでした。

こんなに楽しい講演会は久しぶりで、あっという間でした。

来年も文学館による楽しい講演会が開催されることを大いに期待しています。

もちろん林芙美子文学賞にもよき作品が多く寄せられますように。

 

<第6回 林芙美子文学賞:応募要領予告>

選考委員:井上荒野 角田光代 川上未映子

応募締切予定:2019年9月13日(金)*当日消印有効

原稿枚数:70枚以上120枚以内(予定)

応募先:北九州市立文学館

受賞作:大賞;賞金100万円 佳作;賞金10万円

*募集の正式決定および詳しい応募要領は、2019年4月頃、北九州市立文学館のホームページ等で発表予定。上記情報は「第5回林芙美子文学賞」冊子巻末より引用。